おみずおいしい

ミネラルウォーターしか勝たん

2020年に書いたふまけんについてのブログのまとめ


読み返すのが恥ずかしすぎて読み返せていないんですが、もったいない精神が働いたので残すことにしました。
特にふうまくんについての記述が現在の自分と解釈が異なっているので過去の自分が解釈ちがいすぎて苦しいです。 過去の自分が書いた文章にボディブローを食らわされ息も絶え絶えになりながらコピペしました。本当に羞恥心がひどい。羞恥心ー!羞恥心ー!おれたちーはー!


全部ただコピペして貼っただけでタグもなんも使っていないのでめっちゃ読みづらいんですがご了承ください🙏






最初に書いたふまけんブログ


※はじめに※

⚫このレポートは「もしかしたらこうなのかもしれない」という一個人の憶測と虚妄でしかありません。実情は全く異なるかもしれないので、書いてある内容を真に受けないでください。これらはすべて事実を自分の中で受け止めて噛み砕いた上で書いたフィクションの産物になります!
⚫また、文中でたびたび断定した書き方をしておりますが、便宜上そうしているだけであり、決して私の考えが全てと言いたい訳ではなく、違う考えや意見の方を否定・批判する意図はありません。アイドルに対しての捉え方は十人十色、ファンによってそれぞれ違うと思いますので。
⚫以上の点をご理解いただいた上で「へえ~こんな考えもあるんだな~😮」程度に軽~く受け止めてお読みいただけると幸いです🙇‍♂️




(⚠️私は2018/9~の新規のため、過去の出来事全てを網羅してる訳ではないので、抜けてる部分がたくさんあると思いますが、その点ご了承お願いいたします🙇‍♂️)







登場人物
フォロワーA氏…健人担。物事を深く考える人。
フォロワーB氏…風磨担。
マブダチのフォロワー…ジャニーズとは関係ないところで知り合った付き合いの長いフォロワー。別G担。







複数のフォロワー達と話をしていて、考えをまとめたくてノリと勢いだけで書きました。
私だけの考えではなく、フォロワー達の考えも取り入れた上で書いています。(掲載許可は頂いております)
題名の通りふまけんの研究レポート(というか風磨くんと健人くんの研究レポート)みたいになってしまい、情熱の矛先がおかしすぎでは…?と自分で自分に引きました。趣味にだけ集中力を発揮するオタクの典型ですね。




自分はSexy Zoneを好きになってから今までふまけんの関係性を「風磨→→⬅️⬅️⬅️健人」
で健人くんの方が風磨くんに矢印多めの重量感のあるクソデカ感情を向けているんだと思っていたのですが、フォロワーさんとお話をしていくうちに、実際は「風磨➡⇒➡⇒➡❱❱❱❱⬅️⬅️⬅️健人」と逆で、風磨くんの方が健人くんに重い感情を抱いてる(かもしれない)ことに気がついてしまって、恐怖に打ち震えて動揺しています😂


自分の中のふまけんの常識や世界観が完全に覆った感(?)






まずは健人くんの話から。
彼って自らも公言してるようにすご~く嫉妬深く、くわえて好意に関するアンテナが恋愛に直結しているため相手との関係性を恋愛に例えがちだし、語彙力に富んでいるから普段から言い回しが台詞めいていて、且つ感情表現が豊かで好意をストレートにぶつけてくる子だなぁという印象を抱いていて。

これはフォロワーさんからの受け売りでもあるのですが、健人くんって好意に対して素直だけど、自分が傷付くのが怖いから強い愛情を与えられると逃げてしまう、裏切られるのを恐れるあまりに対等に愛を与える博愛主義者のような部分があり、また愛玩動物思考的なところがあると思うんですよね。

気を許した相手には自分からボールを投げまくるけれど、投げ返された好意を素直に受け取らず更に打ち返す…。
まるで一人バッティングセンターのよう…笑

というか、傷付くのが怖くて博愛主義者になるってあまりにも漫画やアニメのキャラ過ぎません??
神宮寺レンやん…(うたプリはほぼアニメしか知らないので違ってたらごめんなさい)



愛玩動物的」というのは、思い至る点がいくつかあって


・ドロ刑で「中島裕翔くんと共演したことがある」と言った遠藤憲一さんに対して「今は僕だけを見てくださいね♡」と発言
・脚本家の方に「お忙しいから、俺のことなんて放っておいたんですよね…」と若干拗ねてる感じ(脚本家の方談)のLINEを送り、慌てさせる
・雑誌で「まっすーくんも圭兄さんも俺を姫扱いしてくれる」と発言
・ボディタッチがめちゃくちゃ多い。それも落ち着いてる年上の男性率が高く、もたれ掛かったり(ゴチ参照)、おぶさったり(ドロ刑時の番宣)ete…


もうやばない…?魔性過ぎんか…??
人の心をもてあそび過ぎて怖い…健人…恐ろしい子…。

ちなみにフォロワーさんは、こういう行動や言動について「『こんなに可愛くて愛らしい僕を何で見てくれない?可愛がってくれない?』と感じる「『可愛い僕よりそちら(仕事やら人間やら)が良いんですね…』と背中を向けてあからさまに寂しいアピールするペットみたい」と表していて。
すごく的を得ているな…と思いました。笑


でもこうした小悪魔っぷりを発揮出来るのも「向こうも自分のことを憎からず思ってる」という確信があり、気を許してるからこそなんだろうな🤔


健人くんの嫉妬って「自分に注目がいかない/自分を見てくれない/かまってくれない」からこそ沸き起こるのかなあって思うんですよね。
あと承認欲求の塊だから、そういう部分もありそう…。
言い方がちょっとあれなんですけど、今の健人くんの風磨くんに対しての感情って、ペットが飼い主に求めるような感情と似た部分も少ーし混じってるのかなあって。
最近の健人くん「きくち!きくち!俺をみて!やった!きくちにほめられた!うれしい!俺もそれたべたい!きくち!なにしてんの!」みたいな感じじゃん…?笑
もちろん一番は「大切な相棒」であり「自分に取っての弁慶」だと思ってる部分が大きいでしょうけれど。

いまだに「素直じゃない手のかかるかわいい弟」と思ってるところもありそうな気もしますが。笑
今でも忘れ物の点検をしてあげたいって思ってるのかな…?そこんとこどうなの中島さん?



博愛主義者で愛玩動物的な健人くんに対し、風磨くんは一見人に対して執着がないように見えて、縄張り意識が強く、自分のテリトリーを侵されたら激怒するところがある。

そこで、フォロワーさんから「風磨くんは独占欲が強く、メンバーも自分のものだと思ってる節がある」と言われ、すごく腑に落ちるところがありまして。
風磨くんって「自分が輪から外れてたり誘われてないと知ると拗ねる」傾向があって、普段から結構拗ねやすく、気分にも左右されやすい子だと思うんですよね。


例えば

・repaintingツアーでメンバーの中で一人だけ私服がデニムじゃなかったことにショックを受け、「いじめられてるのかと思った」とMCの時に話す
・シブヤノオトで自分以外のメンバーが遊びに行ってたことに対し、収録中に「2:2で遊びにいってたりする」と暴露、けんしょりの美容院が被ってる話も「それも初耳だけどね!」と抗議
・マリちゃんの勉強会に風磨くんだけ誘われてなくて拗ねる ete…



いや、あなた…めちゃくちゃおへそ曲げやすくない…??



態度にもすぐ出るし、一部実体験を基づいて書いたらしいソロ曲の(らじらーでの発言)、終わった恋をいつまでも引きずってる感じの歌詞といい、割と嫉妬深いし重たいでしょ…。

本人はこの前雑誌で「全然嫉妬しない」と言ってましたが、正直「え?どの口がそれを言ってるの?」とだい~ぶ違和感がありまくりでした。

ただ、恋愛面と男性同士での関係性ではまた異なるかもしれないので、一概には言えませんが🤔



そして定期的に話題になる風磨くんのイジり。あれに関しては賛否両論あるかと思うのですが。

風磨くんが時々目に余るくらいいじっちゃうのも「相手が自分のもの」「相手が自分から離れていかない」という確信を持ってるからこそ、可愛さのあまりにやりすぎてしまう面があるような気がします。
主に聡マリ岸くんに対して、親戚の集まりで酔っ払ってうざ絡みしてくるおっさんや、好きな子をいじめる小学生男児や、四六時中ペットに構いたがるデレデレな飼い主のようなしつこ~いイジりをしてしまうのも「行き過ぎた愛情表現」であり「相手が自分のもの」という意識からくるもので、やっぱり独占欲のあらわれなんだろうなって。
それこそ目に入れても痛くないくらい可愛いんだろうな~と。
いまだにマリちゃんに対してペロペロじゅるじゅる言ってるし…いつか本当に目に入れそうでこわい。笑




ここで健人くんの話に戻るのですが、前述したとおり健人くんは強い愛情を与えられると逃げる傾向にあると思っていて、健人くん自身は嫉妬もするし束縛したがる癖に、相手から束縛されるのを嫌う自由気儘な猫のようなところがあるじゃないですか。
普段は犬!ってくらい犬だけど。笑


そして、好意に対してカテゴリー分けはするけれど順位付けはせず「常にみんなが一番好き」な「一番がたくさんある子」だから、すぐあっちへふらふらこっちへふらふらして、風磨くんからしてみると「ずっとそばにいてくれるか分からないから、離れていかないか不安」に思ってる部分もあるんじゃないかと。(氷河期は自分から離れていたけれど)

これはフォロワーさんと二人で話していたことなんですが、話しているうちに「最近の風磨くんは、中島健人が理想とする菊池風磨を演じることによって健人くんを夢中にさせようとしてる(離れていかないようにしている)」説が浮上しまして。


風磨くんって日頃から他人のことをすごくよく見ていて、勝利くんとはまた違ったタイプで空気を察するのが上手いから、相手がそのときに欲している言葉やものを与えるのが得意そうだし、相手が自分に求めているものが分かるから、メンバー、先輩、後輩、友達と人によって見せる顔が異なる面があると思っていて。
そこが彼が「爆モテ」って言われる所以なんだろうけれど。

一方で健人くんは、愛玩動物であり「クソデカ感情や自分の好意をぶつけることでとにかく相手に受けいれられたい/認められたいタイプ」で承認欲求が強い子だから、彼が無意識のうちに欲しているのは無償の愛で「自分が愛を注いでも壊れないor自分を広く受け止めてくれる人間」を求めているんだなーって考えたら、↑の考えを踏まえると、ここ最近のふうまくんの中島ァ全肯定っぷりや甘やかしっぷりが怖くなってきてしまい、ちょっとゾッとしたという…😂

ちなみにそんな二人についてフォロワーさんが「野犬(風磨くん)に憧れる飼い犬(健人くん)」のようだと言っていて、例えが秀逸すぎて内心スタオベ状態になりました。



あと風磨くん、自分の本心を隠すのがとても上手いし、周りに合わせる能力にも長けているじゃないですか?

例えば、インタビューでもいつも「自分の好みのタイプ」を明確にはせず誰にでも当てはまるような当たり障りない回答をするのが上手いし、ラジオでは下ネタ大魔神だけれどあれも統一性がないというか、好みが分かりづらい。

コンサートも、自身のソロコンでは「夏フェス!海!パリピ!」と自分のスタイルを全面に押し出してる演出だけど、Sexy Zoneのコンサートだと「一年に一度の文化祭」感があって自分のテイストを混ぜつつもグループの雰囲気に合わせているので、そこも匙加減が上手いなあーと感じます。
こういう周りに合わせられるところが器用だし流石ですよね。

少し話が逸れるのですが、一部で「省エネダンス」と叩かれがちな風磨くんのダンスも、たぶん運動神経が良い反面反射神経(?)的な部分が弱いからではないかなーと思っていて、実際今のゆったりスタイルになる前のJr.の頃やデビュー初期のダンスを見てると、たまに動きがワンテンポズレてる時が多々あったので、カバーするために敢えて今のスタイルにしたのかな…?と🤔(よく指摘されてるように赤西くんの影響も少なからず受けてるとは思いますが)
そして転びやすかったり、以前FC動画でやってた叩いてかぶってじゃんけんぽんもかなりもたついてたりしたし…。
こうやって自分の欠点を欠点じゃないようにカバーするのも上手いなあって思います。


閑話休題


健人くんの「嫉妬深さ」は「自分が注目されたい」「好きな人に認められたい」という承認欲求からくる嫉妬深さで、風磨くんは「相手を自分のものだと思ってる」「相手を手中におさめたい」系の嫉妬深さ?なのかなって思っていて。
この前のラジオで「束縛だけは絶対に許せない」「恋人には自由にして欲しい」みたいなことを言ってたけれど、これも無意識下で「自分は自分だけど相手は自分のもの」だと思ってるからこそな気がして。

健人くんの個人に対する執着の仕方って結局「自分の好意を受け止めてくれるか/自分を受け止めてくれて自分好みなレスポンスをくれるかどうか」だと思うので、実際そういう系の人間に懐きやすい傾向にあるし(重岡くんや千葉雄大くんなど)、そういった意味では余計に風磨くんの方が執着心があるのでは…。

健人くんは常に「個人」に対して重いけれど、風磨くんは「グループ」「シンメ」に対して重くて、ここで二人の違いが顕著にあらわれていて、健人くんは「自分一人で何でもやろうとする性格」で突っ走りやすく一人っ子属性が滲み出ていて、対して風磨くんは「周りと何かしたがる性格」「誰かと一緒」に対して強いこだわりがあるから「ふまけん」に対してめちゃくちゃ重いんですよね。


過去の風磨くんの発言でも、様々な「俺と中島」発言をしているのは皆さんご存知かと思うのですが、中でもおっもいな!と感じたものをざっとまとめてみました。

雑誌編
「中島を馬鹿にしていいのは俺だけだ」
「俺にとってのシンメは中島以外いない」
「世界中のみんなが知らなくたって、俺と中島が今一緒にいたってことは俺たちが知っている」
「ボクと中島が対でいる世界がふまけんです」
「曲が始まって15秒で今日の中島の状態が分かる」
「中島とはオーディションの日からずっといっしょ~(中略)~入所からデビューまで、全部二人で経験してるし、俺にとってそういう存在って、もう一生できない。中島が唯一なわけだから」
「青春時代、気が付くといつも隣に中島がいた」

その他
「一生一緒に遊んでくれよ」ツアーオーラスのソロ曲ご当地ラップ
「愛おしいよねえ」ラジオで健人くんが風磨くんとお揃いのイヤホンを買おうとした疑惑が浮上した時の発言



最近では「うちの中島」というワードもたまに出してますね。
うちの中島…(宇宙顔)
まあ健人くんも含めて「うちのマリウス」と言ったりもしてるから、そこは深い意味はないんだろうけれど、健人くんの「うちの○○」はそのまんま「Sexy Zoneのメンバー」という意味で風磨くんはなんか…扶養家族的というか、そういうニュアンスに聞こえる…。



あとこれはツイッターで調べていたときに知ったふまけん本当にあった怖い話なんですけど。

2017年にテレビ誌の連載でふまけんがハリネズミカフェに行った際、風磨くんがハリネズミと戯れる健人くんを激写してるんですけど、雑誌に載っていたカットを拡大すると、なんと風磨カメラマン、ハリネズミをフレームアウトした状態で写真を撮っていたことが発覚、しかも出来上がった写真も4枚中2枚がハリネズミがちゃんと写っていないほぼ健人くんメインの写真だったという衝撃の真実…。
あんなにもにこやか☺️な顔で見ていたのが、ハリネズミではなくハリネズミと戯れる相方の姿…。
そしてこの話には続きがあり、2019年1月のqrzoneで「ハリネズミ(やハムスター)が苦手」って言ってるんですよね風磨くん。
状況証拠が揃いすぎてもうなにがなんなのか…???


そして風磨くん、メンバーやファンに牽制っぽい態度や言動をとることもあって、ツアーMCでJr.の頃の話をしてふまけん二人で盛り上がる中で質問?したマリちゃんに邪魔すんなと言ったり(ただこれに関しては昔からこういうところがあるから考えすぎかも?)、ラジオで写真や自撮りの話題になった時脈略なく唐突に健人くんの話をし出したり。


これ、今までは単純に付き合いが長いからなのかなーって思ってたんですが、よく考えてみると、健人くんは風磨くんが居ない場では風磨くんの話をそんなにしないんですよね。
KTTで熱く思いをつづったり、インタビューでは話したりすることはあっても「自分しか知らない菊池風磨」の話をすることはなくて。
これはそもそも性格の違いや、アイドルとしての違い(敢えてメンバーの素の話はしないようにしてるのかな?と感じました)からくるものなのかもしれないけれど。
一方で風磨くんは高頻度で「自分しか知らない中島健人」の話をしているという…。

無意識なのか意識的なのかは分からないし、多かれ少なかれリップサービス的な側面もあるとは思うんですけどね?全ては神のみぞ知る…。

そして健人くんは色んな人でマウントをとるけれど、風磨くんは健人くん関連の話でしかマウントをとらないんですよね…。
風磨くんって強火嵐担ですが、嵐に関しては同担歓迎みたいなスタンスですし。
これはあくまで個人的な考えなんですが、やっぱり嵐は幼い頃からの憧れの対象だったのと、普段可愛がってくれているから感覚的に「親戚のお兄さん」みたいな感じで「自分のもの」という認識がないから同担拒否にはならないのかなあと思いました。


まぁ、健人くんも匂わせをしたり、風磨くんの私服ブランドを真似したり、弁当屋を紹介して貰ったり、イヤホンお揃いにしようとしたり(疑惑)と妙なところで行動力はあるんですが、健人くんはマウントというよりも「好きすぎるあまりに好意が駄々漏れになってる感」が強いから…。


健人くんが風磨くんのことを大好きなのは、見てればありありと伝わってくるけれど、対して風磨くんからの好意が分かりづらいのは、健人くんから逃げられないように本心を隠しているからなのかもしれない🤔


健人くん、あの熱いブログを見てても風磨くんに対して近づきたさや今以上に仲良くしたさもあるんでしょうけれど、健人くんは仕事では石橋を全速力で走って渡るタイプだけど、こと風磨くんに対しては石橋を叩きまくるけれど自らは渡らず、向こうから渡ってきてくれるのを対岸から双眼鏡で覗きながらじーっと待ってるみたいなところがあるのかなって…。犬かな…。

でも風磨くん側が距離を詰めないのは、絶妙に健人くんが逃げない距離感を保ってるからなんだろうなと…猟師というか狩人というか…。
健人くんが逃げないって確信したら風磨くんも健人くんに距離を詰めまくるのかな。


自分はずっと最近の風磨くんが健人くんに対して保護者のようになった理由が、風磨くんが精神的に成長したからだと思っていたんですが、実際は全く違っていて「そう見えるように仕向けてるだけ」だとしたらちょっと…色々な意味でこわくない…?あくまで憶測ですけどね…?



かつてのふまけんって定期的にブリザード期と蜜月期を繰り返してたみたいだけど、風磨くんが8.25で健人くんのソロコンを見に行き「タイプが違うんだ」と理解したからこそ、今のふまけんがあるんでしょうけれど、風磨くんが健人くんに歩み寄ったのと、風磨くんが自ら反抗期だったと終息宣言したことにより健人くんが近づきやすくなった面もあるのかな。(周りにかなりの迷惑を掛けた罪悪感や謝罪の意も込められてるとは思うけど)

てのひらを見せて「おいで…こわくないよ…」と言ってるような…(?)

憶測ですが、ブリザード期当時多少は周りの説得もあったとは思うけれど、健人くんって傷つけられたらそこでおしまいというか、距離を取るタイプだと思うので、最終的に風磨くんが近付いてきてくれたのも大きかったんじゃないかなぁと…。




これは過去の雑誌の引用なのですが、2015年頃の雑誌でSexy Zoneの取り扱い説明書というテーマがあり、そこで風磨くんが健人くんの取り扱い方について

「意外と変わったこだわりを持っていて、しかもそれがちょくちょくと変化するんだけど、驚いてはいけないし、触れてもいけない。誇り高き男だから、そっとしておくのが一番。あと、寿司があると喜ぶよ。大トロがあったら特に(笑)」

と説明しているんですよ。


この当時から風磨くん、健人くんの扱い方を心得てるんですよねえ。
それこそドキッとなるくらい。
編集の手が加わっていると思うので本人が喋った言葉そのままかは分からないですけど、言葉の節々から健人くんを所有物だと思ってる感を感じざるを得ません…。まあ健人くんに限らずメンバーみんな自分のものだと思ってるとこありそうだけど…。


最近の雑誌でも「中島との活動でネガな気持ちを持ったことはない」と言ってたから、やっぱりブリザード期当時からずっと普通に接したかったし今みたいに優しくしたかったけれど、やっぱり「何故あいつは分かってくれないのか」という気持ちが強すぎて、それに阻害されてたのかなー。あと何よりも負けず嫌いの意地っ張りでライバル意識が強いから、そこも大きく影響していたんだろうな。

特に2014末~2015辺りの風磨くん、健人くんに割と塩だったようですし。
こう考えてみると、去年冠番組で言いはなった「ずっとおまえが羨ましかった」の意味がまた変わってきますね…。



ふまけんって二人ともどんくさくておっちょこちょいで抜けてるところがあるけれど、普段は全くそうは見えないので、日々惜しみなく努力をしてるんだろうなって常々感じてます。
水面下で足をバタつかせてる白鳥みたいに、必死な部分は絶対に表に出さない。
そういう点は二人ともすごく似ていたんだろうな。


風磨くんってぶつかりあって絆を深め確かめ合うタイプだけど、健人くんは「傷つけられたらそこで終わり」というスタンスだからその対極にいて。
二人とも自己主張が強く自分の信念を曲げない人間だから、真面目ではあるけれど真面目さの方向性が180℃違うため、健人くんの「言われたことを全部こなそうとする実直さ/生真面目さ」と、風磨くんの「要点や大事な部分だけ押さえておきそこを全面に押し出す」「要点以外の部分は状況に応じて省き、全力を出す時は全力を出す」みたいなスタンスは相容れなさそうだから、昔大変だったろうなって思って。
先日のマスク工作動画も二人のそういう根本的な性質の違いが分かりやすくあらわれているなあと感じました。


健人くんって、他人が目的があって近付いても信頼してる人間だったら気が付かないとこがある気がしていて。彼の辞書には100か0しか存在してないのかって思うくらい、人との距離感が極端というか。中間がね、無いんだよね…。
だから風磨くんがちょっと過保護気味なのもあるのかなあとも思います。
酔っ払った健人くんを部屋に送り届けるのも、スタッフやマネージャー任せにしないあたり、相当大事にしているなあって。しかも健人くん、酔っ払った間の記憶がないときてる。
これは心配になるのも頷けます…笑


あと個人的に、風磨くんが雑誌などで「頼ってほしい」「信頼してる」「(要約すると)中島が大事」的なことを言うと、健人くんがたびたびズレた解答をするのが面白くて面白くて笑
中島さん、菊池さんの考えてること99%分かるって言うてましたよね…笑
どうして肝心なところが分からないのか(でもそんなところもかわいい)
風磨くん不憫過ぎて泣けてくる😂どんまい😂


そして風磨くんが健人くんに対して拗らせたクソデカ感情を抱えてるの、どうも下三人は分かってるような気がするんですよね。
下三人は分かってるのに当事者である健人くんだけがわかってないという。笑
しょりそうが強火ふまけん担なのも、こういうところからきてるんだろうなあーって。


下三人、勝利くん筆頭にたま~にふまけんをちゃかしたりするじゃないですか。
勝利くん、ドリーム22でも「同棲?!同棲?!」って合いの手をいれてたり、和歌山ラップの白砂浜でもカメラマンをしていたし。
聡ちゃんもサラッとふまけんが怒鳴りあいの喧嘩をしてたの暴露してたり、雑誌でふまけんの写真に「カレカノ!」ってタイトルつけたり…。
あとマリちゃんにいたっては、ふまけんが王様と女王様で間に子供(聡ちゃん)産んでる漫画書いてるという…笑

個人的に、勝利くんが健人くんに対してちょっと遠慮がちでけんしょりに対しても消極的なの、やっぱり昔から間近でふまけんを色々見てきたからなのかなあとも思います。
けんしょりもすごく仲は良いけど、勝利くんって必要以上に健人くんに対して踏み込まないから、それだけ大切なんだろうなあって。
ふまけんは、下三人のことを保護対象だと思ってる感強いし「とにかく守らなきゃ」みたいな意識強いじゃないですか?
そして下三人はそんなふまけんの二人を大事にしてるし逆に守りたいと思っている…。
Sexy Zoneの家族感ってこういったところからきてるんだろうなーと最近分かりを得た気がする。


先程健人くんについて「一番がたくさんある子」だと前述しましたが、健人くんが最近雑誌で紫耀くんとの関係を「新シンメ誕生かも」「アイドルとしてのシンメは菊池で俳優としてのシンメは紫耀」と言ったのも、これも「カテゴリー分けはしてるけれど、一番がたくさんあって好意に順位をつけていないから」こそだと思うんですよね。

ちなみに、これをマブダチのフォロワーに話したら「ここでちゃんと風磨くんの名前が挙がるってことは常に意識してるってことじゃない?」と言われまして。

いや~意識!してるねえ~!なるほどね~!
良かったね~!風磨くん!笑

あとこのマブダチフォロワーに「北斗くんがブログで健人くんのことを『めちゃくちゃ綺麗』だと表現していた」という話もしたのですが、その子に「そういう意味では無意識に(?)ジェンダーレスの概念が根付いてる感はある」と言われて、そこでちょっと風磨くんについて気が付いてしまった部分があるんですよね。


ジャニーズ内で無意識のうちに「ジェンダーレスの概念」が根付いているとするならば、風磨くんはジェンダーレスで扱われる側の気持ちも分かるし、少なからず自分もそうなってる面があるけれど、価値観が日本男児だから、認めたくないんだなって。“男”としての意識が強いから…。

ふまけんって「男はこうあるべき」みたいな意識が強い気がしていて。健人くんとか特に。(だから風磨くんに対しても憧れが強いんだなあと思う)
風磨くんは自分が「かわいい」と言われてきた側だから、相手に対してそういうジェンダーレス的な感情を持つことに対しての自己嫌悪もありそうだなと。
だから風磨くん、健人くんに対する「かわいい」という感情や執着心からも目を背けてるところがあるのかなあって…。
そして風磨くんが健人くんに対して絶対にそういうことを言わないのも、健人くんの持つ男性としての矜持を傷つけないよう尊重している面もあるんだろうなーと。


あと、また雑誌の引用になるのですがふまこた連載でオススメの映画の話題になった際

小「(映画を)一緒に見る?」
風「えっヤダよ!男ふたりで家で映画見なくない?」
小「見るやろ。俺は全然見るよ」
風「マジ?」
小「逆になんで?」
風「こっぱずかしくない?」

というやりとりがあり、これも最初に読んだときに「あー」ってなったんですけど「男と二人で映画は恥ずかしい」というのも、そういう面を過剰に意識してるからこそかなって。


これは深く考え過ぎかもしれないけれど…。



これから先、風磨くんがこの意識の殻を破ったらどうなるのかがちょっと色々な意味で怖いけれど、ふまけんの距離感がまた全く違ったものに変わるんだろうな…。
意識の殻を保てなくなったら、対マリちゃんみたいな感じで健人くんをいじり出すのでしょうか…。
去年のツアーMCでも、砂の器のベッドシーンについて健人くんをいじり倒して赤面する健人くんを見て楽しんでいたようだけれど、あれが恒常化するのか…?今後どう転ぶかが見物ですね。

でも今の健人くんだと絶対引いて逃げるだろうし(というかまず風磨くんの頭を心配しそう)もう少しこのままでいてほしい…笑





これらはすべてオタクの虚妄なのかもしれないし突き詰めると怖いけど、ふまけんって事実は小説より奇なりを地でいく関係性だなあと思いました。ジャニーズの人間関係ってすごいですね。






ふまけんレポートその2



1 憧れと青春とブリザード


前回の投稿で「健人くんが風磨くんに憧れている」という主旨の話をしましたが、ふと疑問に思いまして。そうなったのは何がきっかけだったんだろう?と。


ふまけんって、Jr.~デビュー初期辺りまでは今と雰囲気や距離感がかなり違うんですよね。
過去のふまけんを見ていると、雑誌で互いに軽口を叩きあってふざけてたり、今よりもストレートにものを言い合ってたり、レディダイでメイキングではチャンバラをして遊ぶ小学生みたいに和気あいあいとしていたりと、「たまに喧嘩もするけれど仲が良い小学生男子」みたいな雰囲気だったんですよね。(まあ今も股関掴んだり胸まさぐったり小中学生みたいなところがあるけれど)

言い方がちょっとあれなんですが、こうして考えてみると昔の方が対等な関係だったのかな?って。
もちろん「今が対等ではない」という訳では決して無いのですが。

これは以前ツイッターにも書いたのですが、
個人的に、ふまけんの関係性の変化って思春期の男女の関係性の変化と似ているなーと感じていて。
小学生の頃って男女関係なく仲良く遊ぶけれど、学年が上がるに連れて段々異性だのなんだのを意識しはじめ、周りの目を気にするようになり、どう接したら良いのか互いに分からなくなって、よそよそしくなり最終的に疎遠になってしまうみたいな…。


そんな思春期の少年少女と通ずるものがふまけんにもある気がしました。


10代半ばの頃からファンに一挙手一投足見られてきて「ふまけん」として騒がれ色々と言われてきたのとか、まさにそれだなあって…。
(多感な時期にファンに「似てる」と言われたり、行く先々でセットのように扱われ比べられ続けてきたのも本人たちからしてみると嫌だったろうなと思います。)


風磨くんが健人くんに対する呼び方を名前呼びから名字呼びに変えたのも、幼馴染み相手に呼び方を変えた思春期の中高校生男子っぽさを感じてしまいます…笑
しかしこうして書いてみると一気にふまけんの少女漫画感が増しますね~。
ふまけんは別冊マーガレットだったんや…(?)



風磨くんって、去年の冠番組で健人くんのことを「ずっと羨ましかった」と言っていたじゃないですか。
青春が服を着て歩いているような存在の風磨くんが「ずっと羨ましかった」と語った唯一の相手が、同じアイドルとして隣にいた健人くんなの、中々に深いし切ないしほろ苦い…。
一見友達がたくさんいて充実して楽しい人生を送ってるように見える人間が、長い間隣にいる相方をうらやんでいたという…😭
そしてそんな絵に描いたような青春を送る風磨くんを、羨望のまなざしで見つめていた健人くん…。
クソデカ感情が爆発しそうになりますね。


個人的に、人間誰しも大なり小なり劣等感や嫉妬心といった感情を持っているとは思うんですが、互いに相手に対して「羨ましい」という感情を抱いてしまった時点で、もう対等ではなくなってしまってると思うんですよね…。
ちなみに「うらやましい」って「妬みを引き起こすさま」でもあるそうで…。ねたみをひきおこすさま…(リフレイン)


そうして思春期の間に相手に芽生えた複雑な感情がどんどん育っていき、相手の「自分に無い部分/アイドルとしての違い」に対して劣等感、尊敬、憧憬、羨望、嫉妬などがマーブル模様のように入り交じったクソデカ感情を抱いてしまい、最終的に「自分では手に入らないものへの憧れや渇望」の「自分では」の部分が互いに大きくなりすぎてしまった結果が氷河期に繋がるきっかけとなったような気がします。
野良犬と飼い犬が「なんで同じ犬なのに野良犬/飼い犬の気持ちが分からないんだ!」となって反発しあい、互いの間に大きな壁が出来てしまったみたいな…。


ないものねだりブルース…皆安らぎを求めている…(突然の宇多田ヒカル)


そしてそんな二人が紆余曲折を経て、今では横に並び立ち、背中を預けあえる関係性になっている。
そういった意味では誰がどう見ても対等な二人なんですよね、ステージ上では。


風磨くん「曲が始まって15秒で今日の中島の状態がわかる」と握った瞬間にネタの鮮度が分かるプロの寿司職人みたいなことを言ってたり、健人くんは健人くんで「風磨の考えていること99%分かるよ」と言ってたりするので、ステージ上では余計な感情をシャットアウトすることが出来るから、対等なシンメとして向き合うことが出来るんだろうなあ。
カメラが回ってるときも阿吽の呼吸で流石のファインプレーだし。ただそれが個人の感情になると…。
書いていて思ったんですが、今の二人は感情を制御しているからそのせいでややアンバランスに見えるのかなって感じがしました。互いにこれ以上ぶつからないようにずっと急ブレーキをかけ続けている感じ…?(BGMぶつかっちゃうよ)



それで、健人くんはたぶん心中にクソデカ感情を飼い慣らしていた頃から風磨くんに対して強い憧れを持ち始めていて、でもライバル意識と嫉妬の感情の方が大きかったから結果バチバチしたものになり、純粋に「憧れている」と態度で示せるようになったのがここ数年なのかなあ?と思いました。
そして今ではそんな健人くんを愛おしいと思うようになった風磨くん…(クソデカ感情)(クソデカ感情)(クソデカ感情)





ちなみに、これはふまけんを「飼い犬と野良犬」と例えたフォロワーさんの新たな名言なのですが、先日お話をした際に以下のようなお言葉を賜りまして。

「『自由』で『必死に生きて』いて『我が道を行く』野良犬の風磨くんに憧れる『箱の中』で『守られて』『周りの言うままに』に生きる飼い犬が健人くん」
「見方を変えれば餌も自分で探さないといけない、縄張り争いも大変で毎日必死に生きている野良犬風磨くんからしてみると、悠々自適に過ごす様に見える飼い犬健人くんは羨ましい以外の何ものでも無い」
「最近は野良犬風磨くんが飼い主(周りの大人)の躾で雁字搦めな飼い犬健人くんの不便さ辛さが見えてきて…けれどそれを見せないようにしながら自分に懐いてくる健人くんが可愛くて愛しくて堪らないのかもしれない」



これを読んだとき、私は思わず天を仰ぎみましたよ…。
おお…神よ…表現力が天才すぎる…👼
アリーナ中に響き足るくらいの盛大な拍手を送りました(心の中で)


飼い犬の「衣食住は約束されているけれど飼い主に縛り付けられる不自由な暮らし」と、野良犬の「衣食住はないけれど自由に暮らせる生活」と、どちらもそれぞれ違った意味で日々を生きるのに必死だけど、表面だけを見ているのなら互いに憧れるのも無理はないのかも…🤔
「大きな家の窓辺から外の野良犬を羨望のまなざしで見つめていた飼い犬健人くん」と「雨風にさらされながら家の中という安全な場所にいる飼い犬を眺めていた野良犬風磨くん」が、一緒に仲良く遊べるようになったのが今の二人なのかな~。


そしてこの話をしていたときに、ふと子供の頃に読んでいた「あらしのよるに」という絵本のことを思い出したんですよね。
内容は、あらしのよるに山小屋で出会ったオオカミとヤギが種族の壁を越えて仲良くなっていくというお話なんですけど、これよく考えてみるとちょっとふまけんと似ている部分があるな?と🤔
捕食者と捕食される側という異種族間に芽生えた友情(?)みたいな。
まあふまけんは二人とも肉食動物って感じもするので、少し、というかだいぶ違う気もしますけど…笑
カテゴリーとしては同じかなーって。






2 アイドルとしての在り方


そもそもふまけんって、アイドルとしての信条が真逆じゃないですか。それぞれ180度正反対の位置にいる。だから基本的にそこは交わることがない。
健人くんは「アイドルは完璧に夢を見せるもの、イメージは徹底するし人間的な部分は見せない」派で、風磨くんは「アイドルだって人間、夢は見せつつも感覚が一般人だから完璧に夢を見せるわけじゃない」派なんですよね。

これはご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、以前、風磨くんがラジオで「ファンと付き合うことはない(要約)」「ソロ曲は実体験」というような発言をして、SNSがプチ炎上したことがありまして。
こうした発言をしてしまうのも、この「アイドルは人間」という意識が強いからこそだと思うんですよね。
あと風磨くん「病院で名前を呼ばれることを気にしたことがない」「自分のことを芸能人だと思ったことがない」と言ったりもしているので、本当に芸能人感覚がないんだろうなあと。
そしてこれは推測なのですが、風磨くんが髭を生やしたまま特典映像に出たり、動画を撮ったり、ブログに生まれたての髭付きの自撮りを載せたりしてるのも、こうした「芸能人感覚の無さ」からくるものなのかなと…?自撮りに関しては「アイドルとして自分の自撮りが価値のあるもの」だと理解してあげている面もあるとは思いますが、人間としての意識の方が強いから、ファンに素の部分を見せることに対しては抵抗がないのかもしれない…?🤔


私、風磨くんが一般人の感覚を失わずにいられるのがずっと不思議だったんですよね(これは勝利くんにも言えることなのですが)
中学生の頃から10年以上アイドルで、しかもお父さんもミュージシャンという、いってしまえば芸能一家で生まれ育っているのに。
でも、最近そういった感覚を失わずに済んでいるのも「自分を特別視していない」からこそなんだろうな、ということにようやく気がつきました。
「当たり前」だったからこそ、逆に「普通」で自分を特別視していないんだろうなーって(ちなみに個人的に、風磨くんの普通っぽさは「実家が太い子の普通っぽさ」だなと思っています)

またそこが彼の強みであり、Sexy Zoneとして考えた時にこの要素が上手く作用している。

「普通っぽさ」って言い換えれば「身近にいそう」「親しみやすい」ということなので、そういう部分が強いとファンの想像の幅が広がるじゃないですか。
彼氏/友達/子供に欲しいとか、属性に当てはめやすいし、よく使われがちな「リアコ」なども親近感を抱いてるからこそそういった想像が出来る。風磨くんは「居そうで居ない感」や余白の部分を演出するのがとても上手いなと思います。
更新頻度が低いと指摘されがちなブログも、滅多に更新しない感じと丁寧で温かみのある文章が逆に季節ごとに送られてくる手紙みたいで趣を感じますし。暑中見舞いやそういった類いのお手紙…。
まあここ最近は更新頻度が上がってツイッターみたいになってますが😂




一方で健人くんの場合は「夢を見せることこそがアイドル」という信条の持ち主なので、常日頃からめちゃめちゃアイドルアイドルしてるんですよね。
そして面白いことに、恐らくこれが彼の素でもあるという。


皆さんもご存知かと思いますが、ここでいくつか健人くんのエピソードをご紹介します。


・ふまけんWUで「相手のことを一言で宣伝するなら?」という質問に対しての風磨くんの解答が「テレビのまんまですよ」
・クリスマス前に帝劇の楽屋をイルミネーションで飾り出す
・しょりそうでディズニーへ行った際、聡ちゃんが勝利くんに内緒で健人くんを呼んでいて、シンデレラ城前で待つ勝利くんの前に「シンデレラはどこだ?!」と言いながら健人くんが登場、勝利くんたちを困らせる
・プライベートで人と会うときにことあるごとに薔薇を渡す(霜降り明星粗品さん、ジャニーズWESTの重岡くんなど)
藤井流星くんとのランチ時、銀髪+ロングコート+サングラスという「THE・中島健人」という出で立ちであらわれる
・廊下で流星くんとすれ違った際に、後ろから流星くんの肩を叩き「髪切った?似合ってるよ」と言い颯爽と立ち去った(ちなみに流星くんは唖然としてしまいしばらくその場に立ち尽くしていたらしい)



いや、すごくない…?笑
特に流星くんとのエピソード、カメラまわってないのにも関わらずこれって…笑
本当に彼って中島健人ではない時も中島健人として生きてるんだな…24時間365日年中無休で中島健人なんだな…もはや「中島健人」という概念では(???)
そんな生まれながらにして王子様でアイドル。
それが健人くんなんですよね。


そして彼は人を楽しませることに喜びを見出だす人間でもあるので、ハロウィンの時に自らスパイダーマンに扮しドロ刑の共演者にお菓子を配る逆ハロウィンをしたり、仮装してメンバーを驚かせようとしたり(これは失敗したらしいですが)、人に喜んでもらうために常に全力を尽くす。
そういうところが生粋のエンターテイナーだなって。歩くテーマパークというか、生けるディズニーランド感。
なので、日常的に大勢の人を喜ばせ楽しませることが出来るアイドルという職業は、健人くんにとっての天職なんだろうなと感じます。




まあ~でもアイドルに正解ってないので、各々がやりたいようにやっていくことこそがアイドルなのかなと思いました(?)
話がまとまらなくてすみません…。





ちなみにこれはあくまでも想像上の話なんですが、ふまけんが恋人に「仕事と私どっちが大事?」というような質問をされたら、二人とも絶対に真逆の解答をするだろうなと思っていて。

健人くんって、アイドルこそが人生で、それが生き甲斐となってるスーパー仕事人間じゃないですか?
彼が上記の質問をされた場合、迷わず仕事と即答して恋人を切り捨てそうなイメージがあるのですが、一方で風磨くんは恋人を選ぶか、もしくはあの口の上手さで体よく言いくるめて仕事と恋人を器用に両立させそうだなって…。
まあ、そもそも二人ともそういったタイプの女性とはお付き合いしないかもしれませんが🤔
「学生時代ギリギリまで遊んでから仕事にいってた」風磨くんと、「大学で遊びに誘われてもMステがあるからと断った」健人くんのエピソードから見ても、よりそのあたりの違いが浮き彫りになりますよね…。(ちなみにMステに関しては諸説ありソースも不明のため、ただの噂話の可能性も)
こうして考えると風磨くんは「人間」として人生を歩んでいて、健人くんは「アイドル」として人生を歩んでいるんだな…。

ここで思い出すぎゅっとの「普通に就職して誰かと結婚して普通に帰って普通に眠る」というやたらと普通を強調した歌詞…。
胸が痛い…🥺🥺🥺







3 凹凸と二重らせん


さて、皆さんはふまけんと聞いたら何をイメージしますか?
太陽と月、風神と雷神、S極とN極など…。
ちなみにかの有名なマリウス葉大天使様は、テレビ誌で「プラスとマイナスであり、シンクロもするし、最高のバランスだと思う」という素晴らしいお答えをされていらっしゃいました。

人によってふまけんに対するイメージはたくさんあるかと思いますが、自分は「凹凸」と「二重らせん」のようだと思っていて。

ふまけんって価値観も性質も性格も何もかも真逆の二人ですが、根底にあるものや本質は同じだと思っていて。
笑いのツボが一緒だったり、よく分からないネタで盛り上がったり、ラジオやMCだとだいたい二人にしか分からない話題で話をすすめがちでファン側が着いていけなくなるパターンが多い気がするんですけど、そういうところを見てると何だかんだ根っこは似てるんだなって感じるんですよ。
それぞれ長所が違うから互いをカバーして補いあって。
だからふまけんってパズルのピースのようにしっくりはまるのかも。それこそ凹凸というか。
そしてそんな健人くんのぶっとんだ例えや脈略のないの話にも8割がた着いていける風磨くんってかなりの分かり手だなーって。まあ中島ァさん限定だけど😂



そして二重らせんっぽさ。
これは形的な意味もあるのですが、以前Wikipediaで二重らせんの項目を調べてみたら


二重らせんとは

1.2本の線が平行したらせん状になっている構造。
2.DNAが生細胞中でとっている立体構造。


互いに相補的な2本のDNA鎖がらせん状に絡み合う構造は、遺伝情報の複製の仕組みを説明するものであり、DNA分子が遺伝情報を担う物質であることを支持する強い証拠となった。


と書いてあって。


正直難しいことはよく分かりませんが

「互いに相補的な2本のDNA鎖がらせん状に絡み合う」

ってとこスーパーめちゃくちゃふまけんじゃん…?これあまりにもふまけん過ぎやしませんか…?ふまけんじゃん…????

そんなずっと平行して離れては交わるを繰り返していたふまけんが、最近じゃあ磁石みたいにぴったりとくっつくようになってるというのが、これまためっっっちゃエモくない…?えもいわれぬ感情に襲われる…。どうしよう…(?)
今の二人はそんな二重らせんをぎゅっと収縮させたような形の、ツイストドーナツやねじり棒みたいな近くて美味しい関係になっている気がします🤔
おやつにも出来るし主食にも出来るみたいな。一粒で二度美味しい。それがふまけん…☺️






4 今の二人 


ここで最近のふまけんに関しての話を。
前回の投稿で「今の風磨くんが健人くんに甘々全肯定botとなったのは、中島健人が理想としてる菊池風磨を演じてるからかもしれない」と書きましたが、たぶん風磨くんって昔から健人くんに対して普通に優しく接したかった部分もあったと思うんですよね(態度には全然出てなかったようですが)
雪解け後に塞き止めていた感情を小出しにするようになり、好意が湧き出た温泉となって止まらなくなってしまったのが今の状態なのかも?でも今も全部放出してる訳ではなさそうなのでなんとも言えませんが🤔
そこが個人的にちょっと怖いけれども。笑


この「今の風磨くんは中島健人が理想としてる菊池風磨を演じてる」説が仮に事実だとしたら、実際、風磨くんが精神的に大人になったからこそこうした態度が出来るようになったのもあるかと思うんですよね。
今のふまけんって、仲も雰囲気も良くて見てて微笑ましいけれど、昔のように共闘しつつ切磋琢磨しあっていた頃の二人と比べると、片方が落ち着いて一歩先へ進んでしまった現在は、シンメの形としてのふまけんではなくなってしまってるのかな…って思ったら、私の5歳児並みの情緒が爆発しそうになったんですが…。
でも、そんな時にマブダチのフォロワーがフォロワーの自担に対して言った「シンメから新たなステージに行った」「お互いしか見てなかったのが今はお互い横並びになり、他の仲間と一緒に同じ方向を向いているみたいな感じ」「二人だけの世界じゃなくなった」って言葉がめちゃくちゃ刺さって落ち着いた(?)
つまり、今のふまけんは舞台でいうところの第二幕なんだなって。
第一幕が終わって、休憩を挟んでの第二幕を演じてる最中なんだなと思ったら、なんだかだいぶすっきりしました🥺


ふまけんって、健人くん→風磨くんに対しての感情は「すごく大切で大事な相棒だけど好きな人の一人」という感じで、対して風磨くんは「人生におけるかけがえのない一人」なんだと感じていて。
風磨くん、健人くんに対して宇宙規模のクソデカ感情を抱いてるから「相棒が一人じゃなくジャンルによって変わる」「一番好きな人がたくさんいる」スタンスの健人くんを自分の元へ繋ぎ止めたくて仕方がないんだろうな…と🥺
「ずっと自分の隣にいてほしい」のが風磨くんで「自分のことをみてほしい」のが健人くんだから、すれ違っちゃう…。不器用な二人
だ…。







中島健人とはそもそも何か


突然ですが、ここで「個人的中島健人のここがすごい!ランキング」の1位と2位を発表したいと思います!!


栄えある第1位は「常人離れした努力が出来るところ」です!
優勝おめでとうございます!ドンドンパフパフ!


…という冗談はさておき。笑
私、健人くんって子供の特性を持ったまま大人になった人間だと思っているんですよ。
基本的に子供って遊びに対して全力で、自分の限界を知らないから常に100%以上の力を出して、限界を越えて動くことが出来るじゃないですか?
健人くんは、そういう「子供だからこそ出来る特殊能力」を失わずに成長した数少ない人間だと感じていて。
ただ、子供は遊んでいる最中や食事中に糸が切れたように突然パタッと寝て動かなくなるけれど、健人くんは体が成人男性だから、「動ける動けない」も自分で調整が出来てしまうので、その辺りがとても心配になる。くれぐれも程ほどにね…✋



ちなみにランキング第2位は「自分のことを常に主人公として物事を捉えている」ところです。
まじでこの考え方すごくないですか?超リスペクトしてる。
風磨くんに対しての「弁慶」も、安心して背中を預けられる相棒だと思ってるからこそ出た発言でもあると思うのですが、最初「自分のことは義経だと思ってるんだ~!」って思わず感心しちゃいましたよ。
最近でも健人と紫耀を「ルフィと孫悟空がタッグを組んだようなもの」と語っていましたし?
子供ならまだしも、日常生活で「自分が主人公側である」って思うこと滅多になくない?
これ、生きていく上でもめちゃくちゃ大事なことだと思うんです。
当たり前ですが、自分の人生って自分が主役なんですよね。
人生を歩む上で「自分を主人公として物事を捉える」のって必要なことだと思うんです。
もちろん自己主張が強すぎると顰蹙を買ってしまう場合もあると思うのである程度は弁えた方が良いですが。
私も健人くんの「主人公視点」や自己意識を見習って生きていきたいなあと常々思います。




そういえば、先日ふと気が付いてしまったのですが、健人くんってバラエティーなどでラブホリして甘い言葉をささやく時に「永遠」「唯一」「一生」とかそれ系のワードは使わないんですよね。
(かの有名な愛の方程式で“未来”という言葉を使ってますが、あれは意味合いがちょっと異なると思うのでノーカンで)

これ、自分からそうするのを恐れているのもあるのかなあと思って。
前述の通り、健人くんって「アイドル=夢を見せる職業」だという意識が人一倍強い子だと思うんですけれど、ファンがずっと自分を好きでいてくれる確証もないし、例え一瞬のまやかしだとしても永遠を見せるのを無意識で避けてるんじゃないかと🤔しかしこれはまじで考えすぎな気もするけれど…。

健人くんって「一瞬は大事にしてる」けれど「一生は大事にしてない」というか、将来の夢に対しての意識はかなり高いし展望もあるけれど、どこか刹那的なところがある気がしていて。
これはフォロワーさんとも話していたことなんですが「いつ死んでも悔いがないように日々を必死に生きている」からこそ生き急いで見えるのかもしれない…。健人くん…死なないで…(咽び泣く絵文字)


ふまけんって二人揃うと、風磨くんが人間で健人くんが人外の人間&人外の異種格闘漫才コンビみたいだなと思ってるんですけど、これ、上で書いたように健人くんが「生き急ぐあまりに常に生きてるのに死と隣り合わせ」みたいだからそう感じるのかなと。
健人くんのうつくしさは生き急いでるが故に涌き出る生と死の間の生命力みたいな感じなんだけど、風磨くんのうつくしさはひたすら自分の存在をこの世に縫いとめようと足掻いてる美しさみたいな(???)


そして健人くんって子供が大人を演じているような部分があるなって感じていたんですけど、彼ってえっちだけどその性を感じさせる部分は「少年的な艶やかさ、色気」であって「青年的な大人の色気」ではないなって。
でも、その子供が大人を演じているような不安定で危うい部分が逆に魅力を引き出してるのかなって思いました🤔
ふまけんは二人ともえっちな部分を持ち合わせていると思うんですが、風磨くんは「えっちなお兄さん」としての年相応のエロさ、女性が男性に感じる色気なので、二人とも色気の種類が違うから並び立つと余計に健人くんのそういった部分が際立って見えるのかもしれないと感じた(?)
でも風磨くんの場合は顔がバブくてめんこいから脳が混乱するのよな😕顔がかわいいんだよね…赤ちゃんみたいで…。



そして二人とも中身が極端に幼い部分と極端に大人な部分があるから、そういうアンバランスさも魅力の一つなのかもしれないと感じました。







余談(特に読まなくても支障はないです)


これはふまけんとは関係ないただの余談なのですが、先日マブダチのフォロワーとアイドルについての話をしていた時に、フォロワーが「アイドルって生き神様じゃん」というパワーワードを言い放ち、見事にクリティカルヒットをくらいまして。
胸にずしんと重くのし掛かり、しばらく動けませんでした…。まあこれはちょっと盛ってますが、それくらい衝撃的でした。

これを受けて、アイドルって民俗学や哲学的な部分あるのかな?と思ったんですよね。(自分は民俗学も哲学も習ったことがないのでこれは完全にイメージでしかないなのですが)

「信じる神様(推し)のために信者(ファン)が祈りを捧げて、神様(推し)の活動を応援する」

みたいなのがちょっと民俗学的?なのかなあって。風習というかならわしというか…??🤔
だから、たまに見掛ける「昔はそんなんじゃなかった!」「昔に戻って」とアイドルに色々言う方も、神様に対して夢を見てるからこそなんだろうなあと…。
「自分はこんなに祈りを捧げたのに!裏切られた!」となる。
でもそうなってしまうのも仕方ないんですよね。ドルヲタの大多数が「アイドルに対して夢を見ている」し「アイドルは夢を見せてくれる職業」だと思っているから…。

アイドルを人間として考えると、そもそも人間は変わっていく生き物だから、性格や言動が変化してしまったら受け入れるか立ち去るしかないのだけれど、でもアイドルは基本的に夢を見せる職業なんだよな…って考えていたら無限ループに陥り気が狂いそうになって軽率に病みました…😔





なんだか途中途中でちょっとふまけんレポートから話が逸れてしまった感が否めないのですが、最後までお読みいただきありがとうございました。
ふまけんの未来に幸あれ~!👏

終わり






その3


さる2020年5月2日土曜日。
それは起こった。





「ふまけんは逆」と君が言ったから、5月2日はふまけん逆記念日








5月2日放送のドッキリGP。
あかなめに扮する風磨くんが、ドッキリを仕掛けた相手に健人くんに間違われ、咄嗟に叫んだ言葉が「逆!」。




それを聞いた瞬間、私は思わず頭を抱えた。





逆……??逆とは……????逆って何よ???




風磨くんの認識だと、常に自分の反対側の位置にいるのがナカジマァさんだから、逆って言ったということよね?
Sexy Zone、風磨くん含めてメンバー5人いるのに、咄嗟に出た言葉が「違う」や「惜しい」ではなくて「逆」なのが深い深すぎる…(勝手に深読みするオタク)
深すぎて何も言えない…これがシンメ…深淵の向こう側…(???)



そして「逆」発言に大興奮、お祭り騒ぎのTLの中、私は一人風磨くんに対して恐怖を抱いてしまった🥺
いやね、気持ちとしてはめっちゃ滾ったし興奮もした、でも「咄嗟」に「無意識」で出た言葉が「逆」ってちょっと怖くない…??🥺
ちなみにこれはフォロワーさんに教えていただいた情報なのだけれど、風磨くん「逆!」と叫んだあとに「~って言うのもおかしいけど」と言っていたらしく(聞き直したら確かにそう言ってた)。



いや…まじで…無意識じゃん…???
潜在意識の中に「中島健人」「シンメ」「対」が大きく刷り込まれてるじゃん…???




あの頭の回転が早くバラエティー能力の高い彼の口から脊髄反射的に出た言葉が「逆」……。



🤦🤦🤦🤦🤦




常日頃から思ってないと逆なんて言葉咄嗟に出ないよ…。
笑えばいいか泣けばいいのか分からないけど、やっぱりシンメに対しての執着と重さを感じる…。逆という言葉一つでここまで重さ感じさせるの凄いよ風磨くん!(深読み)



多分、彼の中には「中島あっての自分」で「自分あっての中島」という認識が根底にあるのかもしれない…?
相方であれど、別の人間としての意識が薄いというか…自分の一部分、片割れとしての意識が強くあるんだろうなあ…。

逆ってふだん表裏とか上下左右とかそういうものにしか使わないじゃん、やっぱり認識が…認識が…当たり前にニコイチなんだな…風磨の逆は健人で健人の逆は風磨…二人はプリキュアマックスハート…(錯乱)



私、ふまけんって二卵性の双子みたいだと思ってたのだけれど、この逆発言により自分の中のふまけん二卵性双生児説がより濃厚になった(?)




そしてこれ、多分健人くんだったらまた異なるリアクションをしていたと思う。
ケラケラ笑いながら「惜しい!」や「違う!」みたいに言ってたんじゃないかな。
健人くんは風磨くんのことを個人として見ているから。
シンメに重い感情を抱いている風磨くんだからこそ「逆」と言ったんだろうなあと…🤔


あとヒョロワーさんと話していて思ったんだけど、健人くんの重さは感情由来の重さで、対して風磨くんの重さは執着心からくる重さじゃない…??普段隠してるから分からないけれど…。そしてヤンデレの素質(?)があるのは風磨くんの方な気がした。
風磨くんって論理的に物事を考えるタイプだから、感情的というよりは理性的で、更に自分の感情を隠すのが上手い。ある意味我慢強いというか…?
ただ、一度理性が飛んだらヤバイだろうなと思ったのでヤンデレの素質あるなーって。まあこれはただの虚妄だけど…笑


そういえば、ふまけんレポートその1で「健人くんは好きをカテゴリー分けしてるから一番がたくさんある子なのでは」と書いたけれど、これに対して、もしかして風磨くんは「なわばり」がたくさんある子なのでは…?
ストに入れてと言ったり、びあいのことを長い間消化出来ずに引きずってたのもこれだったりしないか…?
「群れをなす狼」としての意識が強いからグループ意識が強いのかも…?🤔


上で前述した「別の人間としての意識が薄い」という部分と、前回のレポートに書いた「メンバーを自分のものだと思ってる」説を合わせると、自分と近しい関係にある人と自分の境界線が曖昧なところがあるのかもしれない…??


おそらく健人くんは「自分」と「他人」は別の人間という意識が強くて、風磨くんは「自分」と「他人」の境界線が曖昧で地続きになっている部分があるのではないだろうか🤔

どの程度そうなのかは分からないけれども…。

風磨くん、健人くんのソロコンを見て「タイプが別の人間だと理解した」というようなことを言っていたけれど、基本地続きだから直接コンサートを見るまで分からなかった部分があったのかも…?
「自分のもの」という所有欲が強いのだとしたら…。


実際どうなのか分からないし、考えすぎかもしれないけれど、ドッキリを踏まえてそんなようなことを思ったのでした。

終わり

Sexy Zoneとふまけんが羨ましいという話


いきなり重い話になるけれど、私には身近に頼りになる親族がいない。「家族」という、自分の味方になってくれる存在がいないのである。


つまり、帰る場所がない。


これは、今時珍しくもなんともないことであるとは思う。でもやはり、道行く家族連れを見ていると「羨ましいなあ」という感情が混み上げてきて、たま~に泣いてしまうこともある。
ほとんどの人には「ただいま」と言ったら「おかえり」とあたたかく迎えてくれる、帰る場所があるということが、私はずっと羨ましくて仕方がなかった。





そういう訳で、私は、Sexy Zone五人の関係性がとても羨ましくて仕方がない。



「年齢も性格もバラバラ」で「家族じゃないのに家族みたいな関係性」で「グループ活動を続ける限り失われない縁」がある、あの5人が。
もちろん、最初からこのような関係性ではなかったことは理解している。
雰囲気が悪い時期や、年上の二人が年下のフォローをしたり、逆に年下の三人が年上に気を遣ったり、三人と二人になったり、年上の二人にブリザード期があったり。
今日にいたるまで、すごくたくさんの出来事があったことだろう。



これはいわゆる「隣の芝は青い」というやつなのかもしれないけれど、対象物が芸能人なので、芝というよりも天界なのかもしれない。天界人はそりゃ輝いて見えるものね。





そして五人の中でもひときわ羨ましいと思う関係性なのが、ふまけんの二人。




友達でも家族でも恋人でもないけれど、ずっと隣にいられる間柄が羨ましい。とても近いわけでも、かといって遠いわけでもなく。どちらかが辞めない限りはずっと一緒に居られる関係が私は、羨ましい。すごく。



これはふまけんに限った話ではないし、他のグループのアイドルにも当てはまることだとは思う。ジャニーズだと特に。


それでも私は、風磨くんのことも健人くんのことも、羨ましくて仕方がない。
彼らを見ていると「どうして私にはシンメがいないのだろう」という謎の気持ちが芽生えてきてしまう。この気持ちはなんだろう。この気ー持ちはなんーだろーう(独唱)



かつて二人が思春期の頃にはこちらが想像しきれないくらい、色々なことがあったろうし、今も互いに思うところはあるだろうけれど、私も気軽に肩ドン出来る相手が欲しかった。本当に、なぜ私にはメンバーがいないんだ(?)(普通いません)




個人的な話になるけれど、実は少し前に10代から青春を共に過ごしてきた付き合いの長い友達とサヨナラバイバイ✋し、縁切りをした。
そういった体験をしたので、ブリザード期から今の状態まで持ち直したふまけんの二人は本当にすごいと思う。


「仕事上だけで表面上だけ仲良くする」という選択肢を取らなかったのが。



人と人との関係って、壺のように一度割れたら修復不可能であると思うので、仮に瞬間接着剤で一時的に修復できたのだとしても、それはツギハギだらけで完全に元通りという訳じゃない。
でもふまけんの二人は、壊れた壺を接着剤で修復しようとはせず、二人して新しく壺を作り出したから、そこがすごいな~と。
そして、今の二人は力を合わせてろくろを回しているような状態なのかなとも思う。笑




少し話が逸れるけれど、有識者の皆様がSNSで大変な盛り上りをみせていた今週発売のテレビジョンについても触れておく。


健人くんが風磨くん宛に書いた「My F」が「ふうま」なのか「フレンド」なのか「ファミリー」なのか、はてまたその全部なのか、そこはもう神のみぞ知るので置いておくとして、今までブログ越しのアピールだったのを直接本人に伝えられるようになったことに進歩を感じ泣けてしまった。


そして、今までの風磨くんは、健人くんが「分かっていないのをよしとした上で接してた」のに、最近ではそういうの取っ払って接しはじめていて、しかも健人くんが怯えて逃げないように自然な態度を取っているから、距離の測り方がすごく上手い。
健人くんは長幼の序とか言ってしまうくらい、年齢や年功序列にこだわりがある人だから、風磨くんが「同い年」と言ったことの重要性に気が付いてなさそうだし、これから先も彼はきっと気が付かないのだろうな…。


たぶんきっと、健人くんが心の奥底で欲してたものがそこにはあるよ。愛はそこにあるんだよ(?)



確実に、二人の間を流れる空気が変化してきていて、今まで向かい風だったのがそよ風になったくらいの変化を感じて泣きそうになった(おたくだから軽率に泣く)






実は今からちょうど一年前にふまけんに関する考察ブログを書いたことがあるのだけれど、あれを書いて以降、すごくたくさんの経験をして、アイドルに対しての感情の抱き方は人それぞれであり、推しと繋がりたいと思うのも、わちゃわちゃを楽しみたいのも、グループの中の一人をとにかく応援したいのも、本当に十人十色でそこには正解も不正解も無いのだなということを理解した。



そして私は、その過程でようやく気が付いた。
Sexy Zoneを通して、自分が持ち得なかった「家族」を見ていたんだということに。




よく、ファンの方々がふまけんのことを「夫婦」や「父と母」に例えているのを見掛けるけれど、実際にそういう部分もあるなと個人的には感じていて、状況によって入れ替わり立ち替わり、交代交代でその役目を担っているように私にはみえる。



私は一般的な「父と母」の姿を知らないし、兄弟もいない一人っ子であるため「お兄ちゃん」的要素を感じるよりもそちらの部分に意識が向いてしまうのかもしれない。
でも、あの二人はかりそめだとしても概念的な意味での「父と母」の役割を、グループ内で果たしていたのだと思う。





これから先、私は一人で人生を歩んでいかなければならないけれど、Sexy Zoneが居てくれるなら、私は生きていけるし、彼らの姿を見ながら、私は一人じゃないんだなと、自分を奮い立たせて負けないように生きていきたい。
私は熱心に応援しているファンではないし、彼らを同じ世界の人間というよりは、別の世界の人間として見てるけれど、やっぱり彼らを好きになって良かったと、心からそう思っている。






Sexy Zoneの未来に幸あれ!







終わり